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日々、思うこと、考えること。

子育て中に、考えてしまうあれこれ。

実家依存症~私が実家に行く理由

ネットで「実家依存症」を検索すると、いかに実家依存症が夫婦にとって悪影響であるかを解説する文章や、実家依存症の妻に悩む男性側の相談文が並ぶ。

やはり実家依存症は絶対悪であるという共通認識が、世間やネット上にはあるように思う。

その一方、妻側の心情を訴え分析するページは驚くほど少ない。

 

実家依存症は行き過ぎると離婚の原因になる。

だから”治療”の対象であるらしい。

一種の病気なのだという。

 

 

私も、毎日実家に通っている。

正確には、夫が家にいない間、最低限の家事をしてから実家に出かけている。夫の仕事が休みでかつ、夫が家にいる日は当然実家にはいかない。

 

では、なぜ毎日実家に足を向けるのか??

 

理由は様々だが、一番は、子供と3人きり、2人きりの時間を楽しめないから、だと思う。

もちろん、子供たちは大好きだ。お世話も楽しいし、一緒に遊ぶのも楽しい。

けれども、ずっと一緒だと、些細なことでイライラをぶつけてしまいそうになるのも、事実だ。

仕事と家事・育児の両立、という言い回しはあっても、家事と育児の両立という表現をする人は、あまりいない。育児と家事は決して別物ではない。家事は育児であって、育児は家事だ。そうして、私は、家事を自分のペースですることにこだわってしまう。育児をしながら家事をすること、特に料理をすることに、ストレスを感じてしまうのだ。(もっとも、下の子はまだおんぶをし奈良の家事という方法があるのだけれども)

 

だからこそ、長時間子供と3人きり、2人きりでいることが難しいと感じてしまうのだと思う。

 

何より、専業主婦をさせてもらっている、楽をさせてもらっているという意識がある分、逆に楽しめないこと、しんどいと感じてしまうことに、後ろめたさを感じてしまうから、というのもあるように思う。

おまけに、目の前にテレビがある。手の届くところに携帯がある。手を伸ばせば図書館から借りてきた小説がある。自宅はたくさんの誘惑があふれているのに、満足に楽しめないことも、大きいかもしれない。

 

 

一人で育児することを、私はしんどいと感じてしまう。

幸い、私の夫も、父も母も同様の認識を持っている、ように見える。

父などはあからさまで「上の娘がいると何にもできない!!」「疲れる!!」と平気で言う。夫も上の子のこだわりに振り回されたり、下の子が自分の抱っこでは泣き止まなかったりすると、自分の心や体の調子の具合によっては態度と口調に露骨に出る。

だからこそ、一緒にいると自分のしんどさに共感してもらえるように思え、少し気持ちが楽になるのだ。

 

一人で子供と過ごしていて、楽しめない、しんどいと思ったとき、私は自己嫌悪に似た、複雑な気持ちになる。

公園に行くという選択肢もある。子育て支援センターに行く選択肢もある。ママ友と遊ぶという選択肢もある。たくさんあるはずの解決方法の中で、家の中に籠らず実家を選んでしまうのは、やはり自分の甘えであり弱さなのだろう。

 

夫は言う。

「家に帰ってきた瞬間、ポン助のしんどそうな顔を見ると、どっと疲れる」と。

「だから、家に帰った時、ポン助が笑ってくれるなら、いくらでも実家に帰っていいよ」と。

 

 

実家依存症の妻を持つ夫の話を目にするにつけ、恥ずかしいような情けないような、暗い気持にもなる。

けれども、こうも思う。

毎日暗い顔をして、ピリピリした空気をまとっているよりも、ましなのかな、と。 

言いたいけど、言えない。

何かをしてほしいとき、手伝ってほしいとき、私ははっきり口に出してお願いできない時がある。

自分が疲れていて、かつこれからやらなければいけないことで頭がいっぱいの時。

そうして、その”してほしいこと”が、自分の”仕事”であると思っているとき。

そうして、お願いしたい相手の手が明らかに空いているように見える時だ。

 

 

察してちゃん、という言葉がある。

私も、どちらかというと察してちゃん、なのだと思う。

もっとも、態度や表情であからさまに不満などを表してしまっている時も多々あるのだけれど。

 

 

夫は言う。

かつての上司や同僚からの指摘もあった。

友人からの助言もあった。

 

「しんどいんだったら、変わってほしいんだったら、助けてほしいんだったら、ちゃんと口で言わなきゃ」と。

でも実際に、助けを求めたらどうだったか??

 

 

「口しなければ、伝わらないよ」

と、人は言う。

でも、それができない。いや、違う。

私の場合、面倒くさいことに、家庭の中では顔や態度には、思いっきり出す。

一方で、口では素直には言えない。言葉にするときには、すでに負の感情をため込んでいることが多い。だから、言葉や表現が荒々しくなる。

職場ではどうだったか。不満をため込んで、ため込んで、体調を崩すことも多かった。

 

 

なぜ言えないのか。

一つは、断られる、気分を害される、かもしれないから。

一つは、 そもそも話を聞いてもらえない、かもしれないから。

 一つは、そもそも、その「してほしいこと」は自分の自己満足、かもしれないから。

一つは、相手がさも当然のように「してくれない、手伝ってくれない」という事実が、逆に自分への無言の圧力のように感じてしまうから。

 

職場では、上下関係や役割分担がはっきりしている分、まだ我慢できる。いや、不満を抱く余地がない部分もある。

ただ、家庭の中だとどうだろう。夫婦は平等だという理想と、自分は働いていないという現実とのはざまで、不満はむくむくと膨らむばかりだ。

 

 

「子供が小さいのだから、手が空いているのだったら、もっと手伝ってほしい!!いや手伝うべきだ!!」

という本音と。

「専業主婦なのだから、家事・育児を全部こなすのは当たり前。手伝ってもらうなんて、甘えてる。」という建前と。

そんな二つの矛盾した思いがぶつかり合って、なかなか素直になれない自分がいる。

やりたいこと、やらなければいけないこと

育児をしていて、時々思うことがある。

夫にとっての自由時間(夫は平日休み、上の子が幼稚園から帰ってくるまでの約半日)は、完全なる趣味の時間。

しかも、アウトドア系の趣味なので、家事と下の子とお世話からは完全に切り離される。 

子供が寝た後のつかの間の休息も、しかり。夜泣きの対応がない分、自分のさじ加減ひとつで趣味の時間を作ることはできる。

 

けれども、私にとっての自由時間は、純粋な趣味のための時間ではない。

上の子が幼稚園に行っていて、かつ下の子が寝ている(もしくは大人しく一人遊びしている)間の不確かな時間だ。しかも、おんぶしつつのお昼寝のパターンも多い。

夜は、たいてい寝かしつけしつつ自分も寝てしまうことも多い。

たっぷりの休息、と言いたいところだが、一つの布団で親子3人。夜泣きの対応はもちろん自分。

嬉しいけれど、ありがたいけれど、これもしたいこと、にカウントしてしまって、果たしていいのだろうか。

 

不意に訪れる自分のための時間。けれども、その使い方はどうだろう。

子供のお世話をしつつ、家事を同時進行することに、多少の難しさを感じてしまう自分。

そのため、普段できない家事をするための時間、であることも多い。

もちろん、自分の生理的欲求を満たすための時間、であることも多い。

純粋な自分だけの余暇の時間、であることも多い。 

 

子供服の整理。

部屋の片づけ。

夕食と朝食用のおかずの作り置き。

離乳食の下ごしらえ。

上の子が好きそうな、手作りのおやつ作り。

自分の食事を作ること、食べること。(下の子はまだ離乳食)

ネットで、子育てブログやQ&Aサイトで子育ての悩みを検索すること。

クックパットで、レシピを検索すること。

 

けれども、そんな私のやりたいこと(やらなければいけないことの延長線上にあるもの)を夫は、

純粋にやりたくて好きでやっていること、

としてカウントしているのではないか、と思うことがある。

 

これは私の悪い癖で、被害妄想でもあるのだろう。

オンオフの切り替えが上手にできれば、解決する問題なのかもしれない。

けれども、今の私にはそれが上手にできない。

仕事をしていないことに、どこか負い目を感じてしまっている自分がいるからだ。

だから、一日ひとつ、何か形に残ることをしなければ、と思ってしまう。

 

そんな焦りもある中、自分のペースで家事をしたいという欲求が、純粋に自分の余暇の時間にカウントされてしまう(自分にとっても、夫にとっても)ことに、時折疑問に思ってしまう。

もっとも、子育て中の主婦とはそういうものと言われてしまえば、それまでなのだろうけれど。

実家依存症

上の子幼稚園。

下の子7ヵ月。

夫と私の4人家族。私の実家と、超近距離別居。

 

表面上、夫は私の実家に私が毎日帰っていることに、異議を唱えることはない。

そうすることで、私のストレスが少しでも軽減するなら、いいんじゃない?という、スタンス。

 

でもでも。

言葉の端々に、「だから、ポン助は楽している」というニュアンスが見え隠れする時がある、気がする。

 

実家は確かに楽。

でも、家を離れるわけだから、当然家事はできない。

だから、家事を一通り済ませてからという第一条件がまずある。

 

実家にいても、決して育児からは解放されない。

上の子が飲み物をこぼした時の後始末や、トイレの介助は自分だ。

一人遊びをしていても、色々話しかけられる、当たり前だ。

あれが欲しいこれが欲しいと、お願いされるのも自分だ。

愚図った時、あやすのも自分だ。

下の子のおむつ替えや授乳もある。

母や父の目もある。

訪問頻度の問題もある。昼食時に行っても、食事はありもの、もしくは自分で作ることも多い。行き届かない掃除をするのも、毎回の習慣化している。

 

もちろん、子供たちと3人きりにならなくて済む分、気は楽だし、家事と育児が切り離されるのもありがたい。

でも、決して真の意味での自由時間が与えられるわけではない。

 

 

けれども夫は、私が実家で楽していると思っている、ように感じる。

自分の被害者意識もあるのかもしれないけれど。

 

夫の実家には、上の子の入園前は2週間に一回、入園後は1か月に一回は顔を出している。

夫の実家では、夫は自由だ。

子供あまり寄ってこないし、夫自身自ら進んでお世話をすることはない。

 義理の母も、そんな夫を咎めることはない。

夫は、好きな時に寝て好きにな時に好きなものを飲み食いする。

夫の両親はとても優しい。義母もきっちりした人だ。

掃除は完璧、基本は上げ膳据え膳。

私の実家のように、家事をすることもない。 

 

夫の実家に行くときは、基本私も一緒だ。

けれども、私の実家に行くときは、大人は私一人だ。

もしかして夫は、私が実家にいるときは、自分と同じ状況だと思っているのだろうか??

もっとも、下の子を妊娠中は、夫と上の子だけで夫の実家に顔を出すことも多かった。

そんな時、夫は子供とどう過ごしていたのだろうか??