日々、思うこと、考えること。

子育て中に、考えてしまうあれこれ。結論の出ない、個人的で偏った見解の考察が主です。

人間関係・考え方

夫の長時間労働を考える。

パートナーの長時間労働は、誰にとってメリットであり、デメリットなのだろうか??

夫の私物を捨てたい衝動に駆られる。

人の私物を勝手に捨てるのは、人を動かすための「ルール」や「仕組み」を作るのがへたくそだからだ。もっと言えば、人に気持ちよく動いてもらうための言葉選びのセンスがないからだ。

「母ちゃんの夏休みはいつなんだろう」

家事・育児を休むためには、夫や両親、義両親からの「与えられた善意」によるか、お金が必要だ。そのお金も、働いていない専業主婦にとっては、夫に頼らざる得ない。 結局自分の意思だけでどうこうなるものではないのだ。 だからこその問いなんだと思う。

寝ている大人を起こす理由。

私は夫の母親にはなりたくない。 だから、寝坊した夫を起こすのも、ソファーで転寝している夫を起こすのも、積極的にはしたくない。 そもそも、私は「人を起こす」行為自体がとても苦手だ。 対大人に対しても、対子供に対しても、だ。 相手の意思に反して「…

イライラする権利があると思っている私。

イライラしているとき、私は自分が被害者だと思っている。けれども、自分のイライラが逆に相手の気分を害してしまうならば、今度は自分が加害者になってしまうそこに、言いようのない矛盾のような、理不尽さを感じてしまう。

「言わなければ伝わらない」はお互い様。

みんな言うほど「自分の気持ち」や「要望」を気軽に口にできているのだろうか??

ルールを作る、守るのが苦手。

第三者が自分のためにルールを作り、かつ第三者にペナルティーを科せられたら、ルールを守れるのかもしれない。

自己肯定感に関する疑問。

大人になってしまうと、誰もいとして他人の自己肯定感を育てるような言動は取ってくれない。

実家依存症と夫の居場所。

自宅が快適ならば、妻も夫も必要以上に実家に行くことはない。

夫が家事をしなくなった。

夫がどんなに忙しくても、夫の世話はやりたくない、と思ってしまう。 夫の母親にはなりたくない、と思ってしまう。

話し合いが苦手なわけ。

私は話し合いが苦手だ。 理由は簡単で、対等な話し合いの結果、自分の意見・主張が相手に聞き入れられ、かつ自分の要望が相手に正確に実行された経験が極端に少ないからだ。 もっとも、自己肯定感が低いがゆえの、一方的な思い込みも多分にあるのだろうけれ…

いたたまれなくなる。

泣き叫ぶ2歳の娘を見ていると、なんだかとてもいたたまれなくなってしまう。だから、つい甘やかしてしまう。

「パワハラ」の先にあるかもしれない「ひきこもり」

多くの人間が「パワハラ」には寛容で、 「ひきこもり」には不寛容だ。 けれども、自分たちの「パワハラ」的な行為が、「ひきこもり」の引き金になっているかもしれないとは、誰も想像しない。

「気を付けてください」「はい、気を付けます」では解決しない。

自分「申し訳ありませんでした」 上司「次からは、気を付けてください」 自分「はい、わかりました」 こんな不毛なやり取りでは、根本的には解決しない。

他人の物を、本人の許可なく勝手に捨てる人

私の身近に、「他人の物を許可なく勝手に捨てる人」がいる。

他人に厳しく、自分に甘く。

少なくとも、私は内心「自分のことを棚に上げて」と毒づくことができるからこそ、夫や両親からの耳の痛い正論を時に右から左へと受け流すことができる。

【ブログ企画】「雨の日のちょっといい話」

お題「雨の日のちょっといい話」 とても興味深い話題を提供してくださる「ふと思ったんだけど」さんで、面白そうな企画があったので、参加させていただいた。

オンとオフを切り替える。

職場の休憩時間、なっている電話を私は無視できません。

母親の体調が崩れた時、夫である父親に求められるもの。

あなたのできるとこと、したいことは、私のして欲しいことではない。当たり前だけれども。

察しているのだから、察してほしい。

「察してもらう」「気を使ってもらう」恩恵を受けている人間から、なぜ「察してほしいでは困る」と非難されなければいけないのだろうか??

セクハラをしても、許される人々。許してしまう人々。

世の中には不思議と「セクハラ発言をしても許されやすい人」が存在する。

あえてはっきりさせず、あいまいなままにしておく理由。

役割をハッキリ決めなければ、「言い訳」する隙ができる。

何にもしたくないときに。

何にもしたくないときに、何にもしない、手を抜くということすら「努力」市内とできない自分が悲しい。

養育実績と経済的自立。

いつもとても共感できる記事が続くブログ「主夫の日々」のなかで、珍しく違和感を抱かせる記事が先日アップされた。

「悪口」と「事実の羅列」の違い。

「悪口」「陰口」は良くないと人は言う。 悪意のない「事実の羅列」は「悪口」「陰口」ではないと言う人もいる。

正しい「助け」を求める方法って、何だろう。

千葉県野田市の小4少女虐待事件において、母親の虐待の関与についての詳細が、徐々に明らかになってきた。 私は、女で、母親で、異性からの暴力の被害者だった過去がある。なので、という理屈が世間一般に通用するか自信がないが、私はどうしてもこの母親に…

「暴力」から被害者をかばう、守る、逃がすということ。

千葉県野田市の小4少女の虐待事件について、父親のみならず、母親も逮捕されたという報道があった。 同じく暴力を受けていたとみられる母親に同情するコメントも多くあるが、母親を強く非難する数少ないコメントにも多くの星がつけられており、支持されてい…

パワハラ・セクハラの、背景を重要視する、ということ。

明石市長のパワハラ発言が、物議をかもしている。町田総合高校の体罰問題も、ワイドショーで連日議論を交わされもした。どちらの出来事も、「賛否両論」的な要素があったからこその盛り上がりなのだろう。発言力がある人が、こう断言してくれると、個人的に…

「できない」が存在しない世界。

今日もいつもの愚痴の羅列だ。とりとめもない。 世の中には、ハウツー本があふれている。ライフハックも、経験者の知恵や工夫もネットにあふれている。ITや工業技術も発達している。医療も発達している。 だから、というべきか。 「できない」とあきらめて…

専業主婦が抱く罪悪感について、思うこと、考えること。

昨日の朝、テレビのワイドショー番組で「専業主婦が抱く罪悪感」についての街頭インタビューの映像を流していた。 罪悪感を抱く人。抱かない人。当然全双方の意見がある。中でも、罪悪感を抱く人の意見の中の「一億総活躍社会」という国のスローガンに対する…