日々、思うこと、考えること。

子育て中に、考えてしまうあれこれ。結論の出ない、個人的で偏った見解の考察が主です。

家事

夫がする家事・育児にこだわりたくなる理由。

私が夫がする家事・育児にこだわるのは、夫が私がする家事・育児にこだわるからなのかもしれない。

謝罪の言葉を要求したくなった話。

自分から謝罪の言葉を要求するのも可笑しな気がする。そんな時は、どう気持ちを持っていけばよいのだろうか。

実家依存症~夫の求める正解はワンオペ育児

妻の「実家依存症」批判の陰には、世間からの「ワンオペ育児」への肯定と、「母親は楽をしてはいけない」「母親は苦労をしなければいけない」などの思い込みや圧がある。

誰かのために作る料理。自分のために作る料理。

自分の食べたいものって、何だろう。 作り手が常に自分だと、「簡単なもの」「安上がりなもの」をついつい選んでしまいがちだ。けれども、それは決して「本当に自分が食べたいもの」ではない。

「手を出さない、だから口も出さない」は可能か??

いつも疑問に思うのだけれども。 「手を出さない、だから口も出さない」は可能なのだろうか?? おそらく、相手に能力と、心と体の余裕があれば、可能なのだろう。 もしくは、全く相手に興味・関心がないか。

主婦の就職活動は罪悪感との戦い、なのか。

印象的だったのは、幼馴染の母親のこんなセリフだ。 「働こうと思ったら、いかに罪悪感と折り合いをつけるか、よ。働かなくても、罪悪感はあるんでしょう??どのみち罪悪感を抱くんなら、どっかで開き直らなくちゃ」 確かになぁ、と妙に納得してしまった。

夫の長時間労働を考える。

パートナーの長時間労働は、誰にとってメリットであり、デメリットなのだろうか??

「働く」を具体的に想像する。

母親が専業主婦だったせいか、働きながら「家事・育児」をする人のリアルが想像できない。

夫の私物を捨てたい衝動に駆られる。

人の私物を勝手に捨てるのは、人を動かすための「ルール」や「仕組み」を作るのがへたくそだからだ。もっと言えば、人に気持ちよく動いてもらうための言葉選びのセンスがないからだ。

「旦那がいなくて楽」でいいのだろうか。

夫が月曜日から昨日の夜まで留守にしていた。 娘達には表向き「仕事」と言っているが、その実はただの旅行(名目は親睦会、らしい)だ。しかも行き先は海外。 下の娘は月曜日から幼稚園に通っている。上の娘は先月の木曜日から小学校も始まった。 初日は、バタ…

「母ちゃんの夏休みはいつなんだろう」

家事・育児を休むためには、夫や両親、義両親からの「与えられた善意」によるか、お金が必要だ。そのお金も、働いていない専業主婦にとっては、夫に頼らざる得ない。 結局自分の意思だけでどうこうなるものではないのだ。 だからこその問いなんだと思う。

「言わなければ伝わらない」はお互い様。

みんな言うほど「自分の気持ち」や「要望」を気軽に口にできているのだろうか??

ルールを作る、守るのが苦手。

第三者が自分のためにルールを作り、かつ第三者にペナルティーを科せられたら、ルールを守れるのかもしれない。

実家依存症と夫の居場所。

自宅が快適ならば、妻も夫も必要以上に実家に行くことはない。

何が「簡単」かは人によって違う。

久々に今朝早起きしたら、またまた面白いエントリーを見つけた。 www.e-aidem.com 面白いのは、紹介されている時短術ではない。ブックマークのコメント欄にずらりと並んだ「タイトルが手間いらずなのに、全然手間がかかっている!!」的な数々のコメントだ。…

「片付けられない女たち」「片付けられない男たち」

一時はやった書籍「片付けられない女たち」

家事には明確な正解がないから、分からなくなる。

正しいの掃除の基準、頻度の正解はない。

話し合いが苦手なわけ。

私は話し合いが苦手だ。 理由は簡単で、対等な話し合いの結果、自分の意見・主張が相手に聞き入れられ、かつ自分の要望が相手に正確に実行された経験が極端に少ないからだ。 もっとも、自己肯定感が低いがゆえの、一方的な思い込みも多分にあるのだろうけれ…

「働いていない人」にとっての「ケア労働」とは。

素人のケア労働(家事・育児・介護)に、適切な対価を払う習慣を私たちは持っていない。

何にもしたくないときに。

何にもしたくないときに、何にもしない、手を抜くということすら「努力」市内とできない自分が悲しい。

専業主婦が欲しいのは、「暇」ではなく「自由」

自分が欲しいのは「暇な時間」ではなく「自由な時間」なのだな、と最近つくづく思う。

ワンオペ育児と「家事・育児の裁量権」

東京に住む、下の娘と同い年の子供を持つ友人と話していると、時折ちょっと温度差を感じることがある。 その違いをうまく言葉にできなかったのだけれども、このエントリーを読んで「あぁ、こういうことだったのだな」と妙に納得してしまった。 toyokeizai.ne…

「できない」が存在しない世界。

今日もいつもの愚痴の羅列だ。とりとめもない。 世の中には、ハウツー本があふれている。ライフハックも、経験者の知恵や工夫もネットにあふれている。ITや工業技術も発達している。医療も発達している。 だから、というべきか。 「できない」とあきらめて…

子供をおんぶしながら、家事・育児をするということ。

今朝久しぶりに下の娘をおんぶしながら、朝の準備をした。寝起きの愚図りが思いのほか激しかったからだ。 洗いかごの中の食器の片づけ。 テーブルの清拭。 朝食の準備。 娘の朝の準備の手伝い。 上の娘の髪を整える。 上の娘の幼稚園の準備、身支度の手伝い…

効率的、合理的なことは、良いことだ。

効率的、合理的なことは、良いことだ、と私は思う。 社会に出て学んだことの中の一つに、「効率的」「合理的」であることへの、圧倒的な正義みたいな社会通念がある。もちろん、例外もあることは百も承知だ。 そうして、夫もまた家事・育児において「効率的…

専業主婦が抱く罪悪感について、思うこと、考えること。

昨日の朝、テレビのワイドショー番組で「専業主婦が抱く罪悪感」についての街頭インタビューの映像を流していた。 罪悪感を抱く人。抱かない人。当然全双方の意見がある。中でも、罪悪感を抱く人の意見の中の「一億総活躍社会」という国のスローガンに対する…

「料理の手抜き」に対する、抵抗感と罪悪感。

とても興味深いエントリーが、ブックマークのコメント数を伸ばしている。 私も、「手抜き料理」に抵抗感や罪悪感を抱くタイプだ。一方で、夫はありがたいことに「食」に対して頓着ないタイプである。 夫が「手抜き料理」に寛大なのであれば、私も手抜き料理…

自分の心と体に忠実に「ノー」と言うということ。

私は、人に物事を頼まれた時、自分の気分や好き嫌いでは「ノー」が言えない性格だ。 「できるけれど、したくない。だからしない。」 という選択が、気持ちよくできない。 そう、全く「ノー」と言えないわけではないのだけれど。 こと相手が自分の夫や自分の…

役割分担と適材適所。

理想は、適材適所の先に役割分担があることだ。 けれども、現実は違う。 役割分担の根拠は適材適所では必ずしもない。 私は現在仕事をしていない。 理由は、初めての妊娠と会社の業績悪化による人員削減が重なり、口頭での産休申請が通らなかったためだ。私…

何をもって「育児」なのだろうか。

子供の年齢にもよるのだろうけれども。 育児は「24時間体制」と主張する人がいる。 同時に、それを否定する人もいる。 子供が寝ているとき。一人遊びに夢中なとき。テレビに集中しているとき。 親の行動は制限され、いつ呼び出されるかもしれない、この常に…