日々、思うこと、考えること。

子育て中に、考えてしまうあれこれ。

ママ友と親しくなりたいのか、気心の知れた仲の良いママ友が欲しいのか

前回は、感情の赴くままに、色々書いてしまった。

その後、いくつかのサイトや本を読み、付け焼刃ではあるが人間関係についての諸々の勉強をした。

 

その後、件のプライベートでも親しくしていた(どうやら私が一方的にそう思い込んでいただけだったようだけれど)ママ友と会って話す機会があり、改めて私への対応に直感的な違和感を感じたことで、逆に少し吹っ切れた気持ちになった。

 

そうして冷静になって考えてみて、彼女への一方的な想い(もっと親しくなりたい)と他のママ友への嫉妬、そうして彼女にとって特別な存在でありたいと願う独占欲は、私が望んでいる「一人の友人としての対等な関係」には好ましくない感情である、ということに今更ながらに気が付くことができた。

 

 

彼女はとても魅力的な人だ。行動力があり、求心力もある。自然を人の輪の中心にいるタイプで、だからこそ彼女と親しくしている自分を、誇りに思っていた部分があった。

 

けれども、改めて彼女という一人の人間と、純粋な「友情」を築けていたのか??と問われると、どうなのだろう。

少なくとも、彼女の中では、ある意味「ノー」であり「イエス」だったのだと今は思う。

 

 

「ママ友」と親しくなりたい理由

 

私が「ママ友」にくくってしまう理由はいくつかある。

 

一つ目は、もともとの友達自体が少ないうえ、ライフスタイルの変化や仕事の都合などにより、彼女たちと気楽に連絡を取り合い、近況を語り合う機会が最近極端に減ってしまっていたため、その寂しさを紛らわしたかったから。

 

二つ目は、話し相手を求める際、「ママ友」であるほうが、自分にとって都合がよいから。(話の内容や、子供がいない相手への配慮など、色々と遠慮をしなくて済むから)

 

三つ目は、子供に関する話題を、母親目線の本音でとことん語り合いたいから。

 

そうして最後は、子供との時間を持て余しているがために、ママ友を交えたにぎやかで楽しい空間に、強い憧れを抱いているからだ。

 

彼女だけの問題ではない。児童館や、子育てイベントなど。子供を交えた場で「ママ友」を作るチャンスはたくさんあった。けれども、それをものにすることが私にはできなかった。いや、会えば親しく話す程度の関係に離れたのだ。けれども、誰ともそれ以上の関係には発展しなかった。

 

 

本当に欲しいのは、気心の知れた仲の良い「ママ友」

 

今回改めて思ったのは、自分が本当に欲しいのは、自分の友達としての、気心の知れた仲の良い「ママ友」なのだということだ。

 

好かれたいと思いながら付き合うのではなく、自分が好きだから付き合う。

 

もちろん、親しくなりたい、と思うことも間違ってはいないのだと思う。そこには、自分が好きだからという理由があるのだから。

けれども、強くそうして一方的にそう思うことで、関係性が歪になり、相手から自分がどう見られているか??などという不安を常に抱えながらの付き合いになってしまっていたのであればどうだろうか??

そんな自分に余裕のない姿は、とても滑稽だったのではないか、と今となっては思う。

 

本来、友達は「作る」ではなく「なる」ものだ。

基本に立ち返って、友達とは何か、という問いにもう少し冷静向かい合っていきたいと思った。