日々、思うこと、考えること。

子育て中に、考えてしまうあれこれ。

夫に対する、イライラ。子供に対する、イライラ。

私は、いくつかの条件が重なるとイライラのスイッチが入ってしまう。

自分が疲れているとき、生理的欲求(食欲、睡眠欲、排泄)と基本的生活習慣’(入浴、着替え、歯磨きなど)が満たされていないときに、娘たちが愚図ったり泣き出したりするパターンもその一つだ。

 

また、下の娘はまだしも、上の娘の場合、不思議なもので愚図りの種類によってもスイッチが入りやすくなったり、ぐっと我慢ができたりもする。

以下主な5つのケースでは、下に行くにしたがって、自分のイライラのハードルが低くなっていくように思う。

 

  1. 原因が目に見えて明らかであるとき。(おしっこの失敗、寝愚図り、転んだ時などの体の痛みの訴え)かつ、対処可能なとき。
  2. 原因が目に見えて明らかであるが、その程度が私の感覚では低いと感じた時。(着替えが自分で上手く出来なかった時、工作の出来が悪かった時、食事が自分の好みに合わなかった時など)かつ、対処可能なとき。
  3. 原因が目に見えて明らかであるとき。かつ、対処不可能なとき。(物理的、心理的な理由でも)
  4. 原因が目に見えて明らかであるが、その程度が私の感覚では低いと感じた時。かつ対処不可能なとき。(物理的、心理的な理由でも)
  5. 原因がまったく不明なとき。

 

 

 一方、私が夫にあからさまに(時には大きな罪悪感を抱くこともなく)イライラしてしまうとき、1のような状況に私自身がおかれている場合が多いように思う。

私が、朝から自分の食事は後回しで娘たちの食事の準備や世話にせわしなく立ち回っている状況にあるにもかかわらず、夫は一人のんきに休憩をしていたりする。そんな光景だ。

けれども、当の夫本人は5のような心境なのだろう。だからこそ、私が夫の言動に対してイライラしているにもかかわらず、逆に夫が私に対してイライラしてしまうという、悪循環に陥ってしまう。

 

状況を冷静に説明して、お願いをすればいいだけの話なのだろう。「ごめん、おなかすいちゃった。○○ちゃんのごはん代わって」と。

けれども、私が本当に求めて、私の言いなりになってくれる夫ではない。私を気遣ってくれる夫なのだ。だからこそ、イライラしてしまうのだと思う。

おまけに、役割分担として、私には家事と育児がある。自分の中では、建前として家事と育児を私がするのは当然なのだ。そうして、夫にはあくまで「手伝ってもらう」という認識でいなければならない、という思い込みもある。だからこそ、「お願い」の一言を発することに、少々のためらいを覚えてしまうのだ。

それでいて、いよいよそのその言葉を口にできたときには、すでに心に余裕をなくしてしまっているがために、随分と刺々しい口調になってしまう。

 

もし、夫がもっと積極的に声をかけてくれたなら・・・・・・

などと、夫に対して時折贅沢な要求をしてしまいたくなる。