自分がされて嫌なことを、相手に伝える難しさ
前回の記事にも繋がるが
「自分がされて嫌なことを、相手に伝える」
のはとても難しいな、とつくづく思う。
いや「伝える」ではなく「理解させる」と表現したほうが正しいのかもしれない。
特別、「自分はされても嫌ではないけれども(されることも絶対ない)、相手は嫌だと思っていること」を理解させるのは至難の業だ。
相手は「自分はされたことがないから」と「自分が相手の立場だったら」と想像すらできないのだから。
対第三者にならば、アドバイスの一つとして「相手にも同じことをすればよい」と気軽にすることはできる。
けれども現実は、自分の生活があり、立場がある。「結果自分にさらなる不利益が生じるかもしれない」リスクを考えると、そうそう簡単に選べる選択肢ではない。
すでに上下関係やそれなりの関係性が出来上がったうえでの悩みである。
部下が上司に、夫が妻に、妻が夫に、子供が親に、自分がされたのと同じ行為をし返したことで、自分が被るかもしれない不利益を考えると、万人に当てはまる解決策ではない。
また、感じ方は人それぞれだ。
「自分がされても平気だから、相手に同じことをしてもいい」
は間違っている。
と同時に、
「自分はされて嫌だけれど、相手は嫌とも限らない」
現実がある。
だからこそ、自分の気持ちを伝えるのは難しく、ものすごい勇気を必要とする。
教師間のいじめ問題でも、動画(激辛カレーを無理やり食べさせている動画)を見る限りでは被害教員はきちんと「やめて欲しい」と伝えている。
けれども、加害教員にはその意思がきちんと伝わっていない。いや、きちんと理解されていない。
もっとも、理解したうえであえてやっているのかもしれない可能性は大いにある。
職場や家庭でのストレスを被害教員で発散していたのか。
被害教員に何らかの非がある(加害教員の主観でしかないが)との思い込みから、自分たちの行為は正当だと思い込んでいるのか。
動画の中で、被害教員は明らかに「苦しんで」いる。「嫌だ」と伝えてもいる。
けれども加害教員はやめなかった。
謝罪文の中でも、事件発覚後の被害教員の姿を見て「苦しんでいる」のをやっと理解したと表現している。
動画の中の苦しんでいる被害教員を間近で見て「苦しんでいる」と理解できない加害教員に、どうやって自分の苦しみを相手に伝え、理解させればよいのだろうか??
もしかしたら、その考え自体が間違っているのだろうか??
おそらく正しい解決方法は、加害教員へのアプローチではなく、もっと上の上司や周囲の同僚へのアプローチなのだろう。
いや、もしかしたら教育委員会や警察などへの外部の人間へのアプローチのほうが正しいのかもしれない。
けれども、一番身近な存在である上司や同僚たちが「沈黙の傍観者」となって、いじめを黙認する空気を作り出していたのだ。そこを飛び越えて、外部の人間にアプローチするハードルは高い。
とは言え、やはり、レコーダーや隠し撮りなどの状況証拠を集めて、早期の段階で外部の人間に届けるべきだったのだろうか。
さらなる嫌がらせを加害教員から受けるかもしれないリスクと恐怖を乗り越えて。