日々、思うこと、考えること。

子育て中に、考えてしまうあれこれ。

「俺には関係ないけどね」と言った夫。

私は子供の頃から朝が弱い。そうして、そんな体質は妊娠・出産後も変わっていない。

どんなに早く寝ても、結果は同じ。すっきりと目覚めることができない。理由も不明だ。低血圧ではあるが、それだけが理由なのか。ただの甘えなのか、気持ちの問題なのか解らない。(言い訳ではあるが、一人だけで一つの布団で、朝まで熟睡と言うことが難しいことも大きいのでは??と言う想いも正直あるのだけれど・・・・・・)

 

それゆえ、と言うべきか。朝の急がしい時間は、夫に大いに助けられている。上の娘の朝のトイレから、着替え。食事のサポート。あれやこれやと文句や注文を付ける娘の言動に、時に応え、時に諌め。とてもよく動いてくれている。助けられている。感謝もしている。

 

けれども、朝が弱く、睡眠の質も確保されず(添い寝で寝落ち。一つの布団で二人の娘と三人で寝る。夜泣きで一回は起こされるため)、おまけに空腹。(下の娘の相手をしつつの朝食の準備のため、要領の悪い私は一緒に朝の食卓を囲むことができない)そうして、自分の身支度もままならない忙しない空気の中、上の娘の朝の一連の流れ(トイレ、着替え、朝食、歯磨き)がスムーズに行かないのは、「私が朝早く起きないからだ」と決め付けられるたびに、なんともいえない気分になってしまう。

 

 

「俺には関係ないけどね」と言った夫。

 

ある朝での出来事だ。いつものように、おしゃべりに夢中でだらだらと朝食を食べ、途中で席を立ち遊び始める娘に対し、「幼稚園に遅刻するよ!!」とせきたてる夫と私。その中で、何かのついでに「まぁ、遅刻しても俺には関係ないけどね。○○先生(集団登園の引率の先生)に注意されるのはママだしね」と言われたことがある。

夫にっては、自然な話の流れの上での発言だったようだ。もっと私が早く起きて、機嫌よくてきぱきと朝の準備をしていれば、朝から娘を急かすことなく、私たち親もイライラしなくてすむ。確かに正論なのだ。

そうして娘が集合場所に遅れても注意を受けるのは私だ。間違っても、「もっと旦那さんに協力してもらってください」とは言われない。

けれども、朝が弱いゆえの体のだるさと空腹を抱えていた私には、この他人事めいた夫のセリフにカチンときてしまった。

 

 

夫の言動に対して、イライラしてしまう理由

 

先日こんな記事を目にした。

kazenoya.hatenablog.com

 

赤ちゃんの泣き声にイライラしてしまうのは、赤ちゃん自身が持つ防衛本能のようなものでもあるらしい、という話を思い出した。母親などの周囲の音の名注意をひくために、イライラするようになっている。だからこそ、周囲の大人は赤ちゃんを泣き止ませようとするのだ、という話だ。そうして、泣き止ませる手法を間違うと、虐待につながってしまうという。

 

 

さて、この記事の中で、こんな件があって、大いにうなずいてしまった。

>でも、どのママさんたちもそのイライラをストレートに表現し続けているわけではなくて、ものすご〜くイライラすることを我慢してますよね。そんな緊張状態の時に安全装置を外して引き金を引いちゃうのって、やっぱり夫だったりします(笑)。

 

上の娘に対しては特に、私の感情や体調が原因でイライラしているときに言葉がきつくなってしまったり、態度や返答がぞんざいになってしまったときには、すぐに反省し謝るようにしている。そうして、必ず娘を抱きしめるようにもしている。

不思議なことに、娘に対しては素直に申し訳ないと思えるのだ。

 

けれども、夫が引き金となってのイライラは、なかなか自分の中で反省も消化もできないことが多い。結果ぶすぶすと燻ぶり続け、ぐずぐずと思い悩み続けることになる。

 

仕事をしていないのだから家事・育児は私の仕事だ。頭ではわかっているのだけれども、だからと言って夫が育児に対して無責任でいいはずはないとも思っている自分がいるからだ。

 

いや、夫が育児に対して責任を感じていないというと、語弊があるだろう。

けれども、夫は日中仕事をしている。普段娘たちと接する時間は絶対的に短い。それゆえ、と言うべきか。夫が娘たちの成長や躾、健康面のことで、第三者から責任を問われる機会は極端に少ないこともやはり事実だ。

 

当たり前だが、幼稚園への送り迎えは基本私だ。

病気やケガで病院へ連れて行くのも私だ。

検診で病院に連れて行くのも私だ。

育児支援センターに連れて行くのも私だ。

育児についていろいろと思い悩むのも私だ。

幼稚園の先生や病院の先生、保健士さんや支援センターの職員などから、注意やアドバイスを受けるのも私だ。

そうして、受けた注意やアドバイスに対して大きく責任を感じるのも、また私だ。

 

 

父親には休みがある。

 

私の夫はサラリーマンだ。とはいえ、1年365日1日24時間、寝食を忘れて仕事をしているわけではない。休日があり、出社時間・帰宅時間がある。

片働き家庭において、「仕事をすること=生活費を稼ぐこと=育児」とするならば、帰宅後のくつろぎの時間も休日も、ある意味仕事をする上で最低限必要な(そうして与えられた当然の)権利ととらえることもできる。

夫自身がどこまでオンオフを意識して生活しているかわからない。けれども、休日ごとに当たり前のように一人時間満喫している姿を見ていると、

「あぁ、父親には休みがあっていいなぁ」

と羨ましくもあり妬ましくもある、複雑な思いを抱いてしまう。

 

もっとも母親に休みがないわけではない。ないわけではないが、確実にあるわけでもない。決まった日にち時間にとれるわけでもない。

娘たちが寝ている間も、目の前にある家事を優先するか、つかの間の趣味の時間をとるか、睡眠をとるか・・・・・・そんな葛藤さえも生まれてしまう。

そうして、趣味の時間でさえも、気が付けば育児についてのブログを探し、クックパットで子供向けのレシピを検索している。

 

 

父親と母親の違い

 

父親と母親はやはり違うな、と何かにつけて思い知らされる。

自分が友人にプライベートで誘われるとき、娘が二人いることを知る友人は、当然私の娘ありきで予定を組む。もしくは、私の娘の予定や都合を考慮して、スケジュールを調整してくれる。友人自身に子供がいて、娘たちがいないと場が成り立たない場合もある。そうして、飲み会などは、そもそも誘われなかったりもする。

 

一方夫の場合はどうだろう。妻である私が専業主婦であることも大きいのかもしれないが、夫の友人や上司は、忘年会やBBGなどのイベントを除いては、娘ありきで誘うことをしない。父親である夫が早く家に帰れるように、という配慮をすることもあまりないように思う。

 

実家での待遇も違う。

訪問頻度の違い、訪問人数の違い(私の実家へは基本私一人だが、夫の実家へは必ず私もついていくようにしている)、互いの両親の考え方・性格の違いもあるのだろうけれど。

私が実家でコーヒーを飲んで一息ついていると、私の父親(母親は何も言わない)はかなりの高確率で嫌味を言う。

けれども、夫の実家では、義理母は夫が何時間もソファーで居眠りをしていても、決して何も言わない。(もっとも、私も滞在中は娘たちの相手しかしていないのだけれど)

 

私の父親は、母親である私が極端に楽をすることをあまり良しとしない。

一方、夫の母親は、父親である夫休日どんなに一人時間を満喫し日中どんなに居眠りをしようとも、夫をとがめることはしない。むしろ、日頃疲れているのだから、といたわりの言葉をかける。

 

夫だけではない、私の父親や義理母などの身近な人間の、何気ない言動を見てみるにつけ、「家事育児は社会的に評価されにくい」

「仕事のほうが家事育児より価値がある」という固定観念を再確認させられているような気分になる。

 

もしかしたら、そんな小さな違和感やモヤモヤの積み重ねが、日々のイライラのハードルを下げる手助けをしてしまっているのかもしれない。