家事・育児のスキルなんて重要視されていなかった私
昨日、今まで伸ばし伸ばしにしていた、長女と次女の制帽のゴムの付け替えをした。その際、今まで適当にやっていたゴムの付け替え方法について、「きれいに見栄えよく」もしくは「次の交換時に簡単にできるように」するために、ネットで調べてみた。試してみたくなるような記事や動画が複数見つかり非常に参考になった。
さて、先日なかなか挑発的な書き出しの記事を見つけた。
この記事の筆者の主張によると、「結婚時に家事・育児のスキルを重要視しなかったのだから、自分の夫にそのスキルがないからと言って騒ぐ女性はおかしい」らしい。
だが、どうだろう。
現実問題、世の家事・育児を主体的に担っていない男性は、結婚時どの程度女性に「家事・育児のスキル」を重要視しているのだろうか?
少なくとも、私自身は夫からはその点何の言及も要求も、そうして要望もなかったように思う。ただ、私が一方的にそうして主体的に「家事がんばらなきゃな」と思っただけだ。
よく男性が「家庭的なタイプっていいよね」「料理ができる女性っていいよね」などと「ふわっとした」表現を使いはする。
だが、具体的に
- 毎日夕食は手作り
- 「○○の素」や冷凍食品は使わない
- 掃除や洗濯は毎日
- 水回りの掃除は〇日に一回
- シーツ類の洗濯は○日一回
なんて聞きだしてはいないだろう。もし、聞いたとしてもそれを確認する術は結婚前に「一緒に住む」以外方法はないだろう。
結婚後、女性だからと言って家事・育児が「できる」「できるようになる」保証はどこにもない。
たとえ「できた」としても、それがイコール「やらない自分を許容してくれる」になるわけでは決してない。
にもかかわらず、男性は女性にそれを期待する。だからこその、悲劇でもある。
逆を言えば、「女性に家事・育児を丸投げしても文句を言わないのを重要視しなかった男性が悪い」とも言えなくもない、だろう。
さて、少しだけ話は変わる。
家事・育児の男女間の役割分担の話題に頻繁に上る議題、「妻が夫に家事を教える」についてだ。
そもそも論として「どうしてわざわざ教えなければならないんだ!!」と勢いよく噛みつく女性と「いいじゃないか、それぐらい」とムッとしながら反論する男性との構図をよく目にする。
私自身も「なんで私が」ともやっとしてしまう口の人間だ。
なぜ、女性は「夫に家事を教える」のに反発するのか。理由はいくつかあるだろう。私個人の理由としては、
「自分は見よう見まねで独自に勉強している」
「親に頭を下げて教えをこいている」
「何より、夫は私には稼ぐ方法も、条件の良い職場も何も教えてくれない」
からだ。なのに、なぜ自分ばかり夫に教えなければいけないのだろうか、との疑問にどうしても括ってしまうからだ。