日々、思うこと、考えること。

子育て中に、考えてしまうあれこれ。結論の出ない、個人的で偏った見解の考察が主です。

人間関係・考え方・いじめ

育児中の主婦が週5日働かない理由。

育児中の主婦にとって、休日は休日ではない。 だから、平日に自分のための時間を確保するため、週5日ではなく、週3日4日働く選択をする。

夫がする家事・育児にこだわりたくなる理由。

私が夫がする家事・育児にこだわるのは、夫が私がする家事・育児にこだわるからなのかもしれない。

自己肯定感を高めるのは難しい、と認める。

他人からの日々にの言動で、自分の自己肯定感を高めるのを期待するのは不可能だ。 変わるためには、自分が行動するか、考え方を改めるしかできない。 皮肉だが、現実はその行動力、変わる勇気が持てないが故に、自分に自信がなく、好きになれないのだけれど…

謝罪の言葉を要求したくなった話。

自分から謝罪の言葉を要求するのも可笑しな気がする。そんな時は、どう気持ちを持っていけばよいのだろうか。

誰かのために作る料理。自分のために作る料理。

自分の食べたいものって、何だろう。 作り手が常に自分だと、「簡単なもの」「安上がりなもの」をついつい選んでしまいがちだ。けれども、それは決して「本当に自分が食べたいもの」ではない。

性的表現や、女性蔑視な表現は「不快」と教えるべき、なのかもしれない。

「恥ずかしい」や「不快」という人の感情を強制するのはとても難しい。 何が「恥ずかしい」で何が「不快」であるかの線引きも曖昧だ。 でも、教育として、何かを教えていかなければいけないのかな、と個人的には思えてならない。

「手を出さない、だから口も出さない」は可能か??

いつも疑問に思うのだけれども。 「手を出さない、だから口も出さない」は可能なのだろうか?? おそらく、相手に能力と、心と体の余裕があれば、可能なのだろう。 もしくは、全く相手に興味・関心がないか。

携帯電話を携帯しない人。鳴っても気が付かない人。

携帯を携帯しない人の単なる言い訳です。

とっさの時に出るもの。愛の鞭と、暴力の違い。

手を繋いでいた子供が、手を振り払い急に車道に飛び出そうとしたら、あなたはどうしますか??

「躾ができない」という悩みは理解されない。

「躾ができない」との質問に「できないなら、こうすればいい」とのアドバイスは存在しない。 必ず「○○すれば、絶対子供は言うことを聞くようになる」のような回答が帰って来る。

自分がされて嫌なことを、相手に伝える難しさ

「自分がされて嫌なことを、相手に伝える」 のはとても難しいな、とつくづく思う。 いや「伝える」ではなく「理解させる」と表現したほうが正しいのかもしれない。

自分がされて嫌なことは、相手にしない

「自分がされて嫌なことは相手に、しない。相手がされて嫌かもしれないことも、相手にしない」をお互い徹底できたら、多くの人にとって生きやすい世の中になるのかもしれない。

教師間のいじめ再考

現実の、すぐ身近にある(あった)(あったかもしれない)「いじめ」に目をそらし続けてきた人間が、当事者が教師であるだけで、赤の他人のいじめになぜここまで感情的になるのか、正直私には不思議で仕方がない。

教師間でいじめがあるのは当たり前。

身近にある「いじめ」を見て見ぬ振りをし続けてきた多くの人間に、他人の行いを批判する権利があるのだろうか?? 私は疑問に思えてならない。

「モンスターペアレンツ」はだから生まれるのかな、と思った話。

私は、基本学校や幼稚園の方針に意見をしない。 というか、意見を言いたいと思ったことがない。 良くも悪くも多少の学校側、幼稚園側の落ち度は笑って許せるからだ。 もっとも、大きなトラブルを経験していないからこそ言えるセリフなのでもあるけれども。 …

母親に間違えらる話。

下の娘が通う幼稚園は集団登園だ。集合場所で引率の先生が子供たちを拾っていく形をとっている。 最近は、子供たちを見送った後、集合場所で一緒になる先輩ママと、時間がある時だけちょっとした立ち話をするのが、私の楽しみの一つになっている。 さて、そ…

「お金を運ぶ人」なのか、「大切な夫であり父親」なのか。

家事・育児に「鈍感」で「意識の低い」男性に対して「期待してはいけない」とのアドバイスはよく聞く話だ。 とは言え、言葉にして伝えても、最終的には本人の問題である。必ずしも変わるとは限らない。だったら、考え方を変えるのは自分しかいない。 だから…

「パパ嫌い!!」と言われてキレる夫。

こういう時、私ができることは何なんだろう??といつも疑問に思う。 正直、夫と娘の問題であって、私は関係ないのでは??との思いが自分にはあるからだろう。 そうは言っても、イライラする夫と同じ空間にいるのも苦痛。 泣き叫ぶ娘を見るのも苦痛。 この…

服の染みが気になる私、気にならない娘。

私は、娘には私のようになってほしくないと思っている。 だから、もし人に自分の服についてとやかく言われても 「私が期待からきてるの!!なんか文句ある??」 ぐらい言える子であって欲しいとも思っている。

世間が完璧な被害者を求めるから、被害者はSOSを出せない。

私達は学習しているのだ。 「完璧な被害者でなければ、助けてはもらえない」と。 だから、SOSを出さないのだ。

「日本代表の見た目がどう見ても外国人」を読んで。

この問題は、「日本人であるか否か」ではなく「日本人的身体的特徴を持ち、かつ日本の学校教育等で練習してきたか否か」に重点を置きたい気持ちが根本にあることが問題なのではないだろうか、と個人的には思っている。

主婦の就職活動は罪悪感との戦い、なのか。

印象的だったのは、幼馴染の母親のこんなセリフだ。 「働こうと思ったら、いかに罪悪感と折り合いをつけるか、よ。働かなくても、罪悪感はあるんでしょう??どのみち罪悪感を抱くんなら、どっかで開き直らなくちゃ」 確かになぁ、と妙に納得してしまった。

夫の長時間労働を考える。

パートナーの長時間労働は、誰にとってメリットであり、デメリットなのだろうか??

夫の私物を捨てたい衝動に駆られる。

人の私物を勝手に捨てるのは、人を動かすための「ルール」や「仕組み」を作るのがへたくそだからだ。もっと言えば、人に気持ちよく動いてもらうための言葉選びのセンスがないからだ。

「母ちゃんの夏休みはいつなんだろう」

家事・育児を休むためには、夫や両親、義両親からの「与えられた善意」によるか、お金が必要だ。そのお金も、働いていない専業主婦にとっては、夫に頼らざる得ない。 結局自分の意思だけでどうこうなるものではないのだ。 だからこその問いなんだと思う。

寝ている大人を起こす理由。

私は夫の母親にはなりたくない。 だから、寝坊した夫を起こすのも、ソファーで転寝している夫を起こすのも、積極的にはしたくない。 そもそも、私は「人を起こす」行為自体がとても苦手だ。 対大人に対しても、対子供に対しても、だ。 相手の意思に反して「…

イライラする権利があると思っている私。

イライラしているとき、私は自分が被害者だと思っている。けれども、自分のイライラが逆に相手の気分を害してしまうならば、今度は自分が加害者になってしまうそこに、言いようのない矛盾のような、理不尽さを感じてしまう。

「言わなければ伝わらない」はお互い様。

みんな言うほど「自分の気持ち」や「要望」を気軽に口にできているのだろうか??

ルールを作る、守るのが苦手。

第三者が自分のためにルールを作り、かつ第三者にペナルティーを科せられたら、ルールを守れるのかもしれない。

自己肯定感に関する疑問。

大人になってしまうと、誰もいとして他人の自己肯定感を育てるような言動は取ってくれない。